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火の鳥
私は幼い頃から、子供のあまり住んでいない所に住んでいた。
だから小学校でも中学校でも学区のハジッコで、通学が一緒になる友達がいなかった。
それはとても暇だ。
そんな私は専ら、通学の行きと帰りは、自然と色々なコトを考えて時間を潤した。
例えば、ある日学校に指名手配犯がやってきて、そこで大活躍して犯人を逮捕する私とか、
例えば、タカシ君に告白されて付き合うことになった私とか、
例えばある日超能力が使えるようになった私とか、
そういう有り得ないようなことを、こと細かく想像して、その時どうするかを考えるのが好きだった。
多分、『空想遊び』という。
空想遊びの中で、私はいつも主役で、間違いなくいつもヒーローだった。
人が慌てるようなピンチの場面で、私はいたってクールで、エキセントリックで、時にニヒルだった。
かたやロマンスのシーンでは、知的でキュートでセクシーだった。
そういう自分に憧れて劇団を作ったこともあったが、悲しいことに部員は集まらず、常に一人舞台。
嬉しい誤算としては、常に主役だった。
そんな私が、一気に本物の主役に踊り出る機会があった。
それが、『学芸会』である。
桃ヶ丘小学校では、年に一度、学芸会が行われた。
一年生から六年生までが、『演劇』をする。
学年全員が一人一役を担うこの劇の中で、主役になれてこそ、私は『空想遊び』の世界を飛びだし、真のデビューを飾れるのだ!
台本を貰った。
『牙のないオオカミ』
内容は優しいオオカミが森にやってくるが、ほかの動物たちに怖がられたため牙を折る話。
(たしか・・そんな話)
私はもちろん『オオカミ』役を狙った。
オーディション当日。
先生『では始めにオオカミ役を決めます』
緊張。
緊張。
緊張。
先生『ではオオカミ役をやりたい人、挙手してください』
緊張。
緊張。
緊張。
胃がキューってなる。
周りをオソルオソル見渡す。
誰も手を挙げてない。
自分の体中の動脈が、はち切れんばかりに脈打つ。
私は、右手首を少し曲げて、
少し挙上して、そろりそろり、動かしてみた。
先生が、私の腕の動きに気が付く直前、
学年のリーダー格の男の子集団が叫んだ。
『桜井さんがいいと思います!』
それを皮切りに、桜井コールが沸き起こり、一斉に生徒の目が桜井さんに向かった。
桜井さんは学年のアイドルだった。
桜井さんは顔を真っ赤にして、首をすくめた。
いかにも、指名が起こるのが意外だったような、自信なさ気な顔で。
でも先生が『じゃあ、桜井でいいか?』と聞くと、そこまで言うならぁ〜って感じで頷いた。
私は、半分挙上させてた手で、不自然に首を掻いた。
この日の帰り道、私は、主役になれなかったことと共に、自分が学年のアイドルではなかったことを自覚した。
子供ながらに、違うだろうなとは思っていたけど、
まさか、本当に違うなんて。
この何が起こるかわからない世の中、自分が学年で一番モテルっつーことも「なきにしもあらず」かと、思ってた。
でも
やっぱりなかった。
それどころか、私は主役のオオカミだけではなく、「張り切り屋のウサギ」にも「オッチョコチョイのキツネ」にも「意地の悪いタヌキ」にも任命されず、その辺に何羽も飛び交うような「小鳥その3」という役を頂いた。
劇団(団員一名)の面目丸つぶれだ。
私はトボトボと家路に着きながら、また、空想に耽った。
学芸会当日、急病で倒れる桜井さんの代わりに、私がオオカミ役に任命されちゃう空想。
小鳥その3の演技が上手すぎて、主役に任命されちゃう空想。
その演技をたまたま見に来てたプロデューサーに見初められてアイドルデビューしちゃう空想。
でも、どれも空想止まりだ。
小鳥その3のセリフは一言。
『みんな聞いてよ、この森にオオカミが来るんだって』
以上。
演技力見せづれぇ。
実力出しづれぇ。
私は、小学生にして、人生の世知辛さを思い知った。
夕食の時間。
お母さんが言った。
『はいねは学芸会、なにやるの?』
人生始まって以来の挫折に打ちひしがれた私はこの時、魔が差した。
ちょっとの嘘くらい、許されると思った。
『お母さん、主役に抜擢されちゃったよ』
『え?!』
お母さんはどうせ仕事で来れないし。
こうやって喜ばすのも親孝行だ。
『「羽根のない小鳥」って劇の「小鳥」役。みんなにやれって言われて断れなかった』
調子に乗った。
お母さんもお父さんも大興奮で我が家の食卓は大盛りあがりだった。
嘘も方便って言葉を、実感した。
その数週間後、学芸会当日。
私は、控え室で衣装袋を見つめながら、途方に暮れていた。
嘘はやっぱり付いたら駄目なのだと、ヒシヒシと実感しながら。
隣では、キツネその6のヨシコちゃんが、茶色いトレーナーとストッキングに履き替えてる。
主役の桜井さんは、黒いTシャツとミニスカートでシックにまとめてる。
私の仲間達、小鳥部隊は、白や黄色の服と、風呂敷なんかのマントを羽織ってキャーキャー言っていた。
どれもこれも、自分のお母さんたちが、丹誠込めて作った衣装だ。
私の衣装袋にも両親が作った小鳥の衣装が入っている。
何故か・・・金色の。
あ、金色っていうか、黄金だ。
生協の寂れた買い物袋の中で、どっからこんな生地を探してきたのだろうと思うくらい輝いてる。
スパンコールが効いてる。
袋を振るとシャラシャラ音がする。
着替え終わった友達が次々外に出て行く。
ついに、私は控え室に一人になった。
私はおそるおそる、袋の中身を取り出した。
黄金の衣装がずるりと出てきた。
スパンコールや宝石たちが散りばめられた衣装は、ズッシリしてる。
多分、紅白の小林幸子と美川憲一の対決にエントリーされたっぽい。
とりあえず、袖を通してみる。
着てみたら、案外地味かもしれないしと、自分を慰めながら。
そうして鏡を見る。
うん。
ディナーショーできる。
クレオパトラと張ってる。
待ち合わせ場所にもなれそうな勢いがある。
袋の中には、固いものがまだ入っていた。
それを引っ張り出すと、すげぇデカイ羽根だった。
可愛い天使の羽根とか風呂敷のマントだとかとは、どうやらひと味違う。
ペガサスっぽい羽根。
イカロスっぽい羽根。
すげぇリアルな作り。
私はその羽根を両手に装着し、鏡を見てみた。
それは明らかに小鳥その3の域を超えている。
超過してる。
もっと言えば、鳥の域も超えてるし、小学校の学芸会の域もゆうに超えてる。
どっちかと言えば、欽ちゃんの仮装大賞寄りで、
はっきり言えば、御神輿の一番上に付いてる黄金のニワトリがモチーフに違いない。
どうしよう・・・。
羽根の間から、メモ用紙が落ちた。
そこには父の文字で
『主役頑張れ!父さんは行けないけど、自信を持って思いっきりやるんだぞ!』
どうしよう・・・。
ほんとは主役でもないのに・・こんな衣装・・。
一介の小鳥その3がこの衣装。
ウォーリーには絶対なれないこの衣装。
いっそ「お腹が痛くなった」とかいって、保健室に隠れてしまおう。
そう考えていると、控え室のドアがバタリと開けられた。
私がなかなか外に出てこないため、呼びに来た先生。
私の姿を見て、絶句。
そこにいたのは、楠田絵里子もおののくような、黄金の小鳥その3であった。
舞台シーン13
動物たちが集まって会議を開いてる。
キツネその5『そう言えば最近へんな鳴き声を聞くんだよ』
リスその3『僕も黒い影を見て、すごい怖かったんだ』
動物たち口々にざわめく。
舞台左より小鳥たちが出てくる。
午後の眠くなる時間帯。
薄暗い体育館の舞台で、劇中でも一番中だるみのシーン。
ふいに飛び出してきた黄金の物体に保護者達は目を剥いた。
スポットライトが当たると、私の衣装は光輝き、体育館をまばゆく照らした。
想像以上の舞台映え。
そして私のセリフ。
『みんな聞いてよ!この森にオオカミが来るんだって』
会場がざわめく。
舞台上も、私のあんまりの衣装にざわめく。
観客の目は私に釘付け。
このシーン、動物たちがオオカミを恐れる言葉を、木陰で聞いてたオオカミが「牙を取ろう」と決心する実は重要なシーン。
しかし木陰に隠れてる桜井さんの衣装は黒。
小鳥その3は黄金。
保護者達はオオカミそっちのけで、この黄金の鳥が、今後の展開にどう関わってくるのか、みな期待した。
悪いオオカミを、この鳥が森から追い出すんじゃないか。
この鳥のおかげで、オオカミは森のみんなと仲良くなるんじゃないのか。
大人たちは数々の想像を巡らせた。
娘の晴れ舞台に、仕事を休んで駆け付けてきた母親は、娘の出番を今か今かと慣れないビデオを回し続けた。
しかし、目に焼き付くようなその鳥が、舞台上に出てくることは二度と無かった。
学芸会
衣装
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