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まだ私が学童児だった頃、私はある劇団に入っていた。
桃園劇団。
劇団に入っていたというより、まさに運営していたと言ってもいい。
だって、私が作った。
脚本 加藤はいね
監督 加藤はいね
演出 加藤はいね
劇団員 これまた加藤はいね
鍵っ子だった私は学校が終わると学童クラブに通い、人知れず劇の練習をしていた。
劇の発表の場は、主に学童で月に一度行われる誕生日会であった。
この頃、私はまだはっきりとした物心がついてなく、どういった経緯で劇を始めようとしたのかについては未だに謎だ。
よく分からないが、私は気が付いた時には劇団員だった。
切ないこととしては、ピンであったこと。
つまり常に一人芝居。
今日はその何作品かを紹介したい。
『悲しい一輪車』
単身赴任で離れてる父と娘の感動モノ。
誕生日の日に帰ってくる約束だった父親が仕事で帰って来られなくなった。
落ち込む娘のもとにプレゼントの一輪車が一台贈られてくる。
娘は苦手で乗れない一輪車を必死に練習しながら、父親の住む北海道に一輪車で会いに行く話。
これは上演時間が余りに長くて、途中で誕生会が終わってしまう。
演技上では栃木までしか娘は辿り着けず、本当に『悲しい一輪車』になってしまった。
『エレクトーンが弾きたくて』
夢子はエレクトーンが上手に弾けない。
それは実は右手(マイコ)と右足(ユウコ)の仲がとても悪いからだ。
右手(マイコ)と右足(ユウコ)は左手(ケンジ)を巡って、いつも争っている。
しかし今度エレクトーンの発表会に好きな男の子を誘った夢子のために、仲直りしエレクトーンを力を合わせて弾くという話。
これは私そのものがエレクトーンを弾きこなせないまま誕生会が終わってしまう。
演技上では発表会はミス続きで、本当に『エレクトーンが弾きたくて』とヒシヒシと感じるものになってしまった。
一人劇に限界を感じつつあった はいね9歳の夏。
一人の偉大な助っ人が劇団に入団した。
伊藤郁美ちゃん。
彼女は『劇団ひまわり』に所属し、アニーにも出演したことがある強者だった。
まさにVIP扱いで私は彼女を招き入れた。
じゃあ、いっちょ名作『アニー』でもやるか!って話で私たちは盛り上がった。
しかし問題は直ぐさま浮上した。
どっちがアニーをやるか。
盲点だった。
私は今まで一人で劇団を運営してきたため、誰かに主役を取られるって経験が一度もなかったのだ。
この時、私は初めてライバルに出逢った気がした。
そこで急遽、『アニーオーディション』が行われた。
私と郁美ちゃん、どっちがアニーにふさわしいか。
オーディエンスの前でアニーを演じて審査してもらうことになった。
満場一致で郁美ちゃんだった。
盲点だった。
私はアニーを全く知らなかった。
勢いよく箱から飛び出し歌い出すプロ意識バリバリの郁美ちゃんを見て、私は初めて『アニー』というのが外人の女の子の名前で、決して『兄』という兄弟モノではないことに気が付いた。
真っ赤なワンピースを着た郁美ちゃんの横で、ドリフなどでよく使われる坊ちゃん刈りのズラを被り(円形脱毛症付き)、青い弟のズボンを履いている私。
勝負は歴然だった。
学童からの夕焼け帰り道。
私は郁美ちゃんと歩いた。
郁美ちゃんはアニーがどんな女の子であるかを絶え間なく語った。
二人の帰り道が別れる駄菓子屋の横で、私は俯きながら言った。
『郁美ちゃん、桃園劇団いれないから…』
郁美ちゃんのぽかんとした顔も見ず、私は泣きながら走って帰った。
劇団員として初めての挫折だった。
その数日後の誕生会で私は『ひとりぼっちのアニー』を演じた。
私はやっぱりアニーについて何も知らなかったので、その劇の内容はあまりに間延びしていた。
気が付いたら誰も劇を見ていなかった。
ほとんどの子はカクレンボに夢中。
何人かは本を読んでいた。
文字通り『ひとりぼっちのアニー』だった。
4年生になり学童を卒業し、私も世界が広がった。
そして新しく『桃ヶ丘劇団』を作るが、それはまた別の話。
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